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東京高等裁判所 平成3年(ラ)342号 決定

抗告人 ダイヤモンド抵当証券株式会社

右代表者代表取締役 森下誠

右代理人弁護士 片岡義広

同 小林明彦

同 小宮山澄枝

同 櫻井英喜

主文

一  原決定中、原決定別紙担保権・被担保債権・・請求債権目録2の(1)及び(3)記載の債権に関する部分を取り消す。

二  本件競売申立事件中、右取消にかかる部分を東京地方裁判所に差し戻す。

理由

一  本件抗告の趣旨は「原決定中、原決定別紙担保権・被担保債権・請求債権目録2の(1)及び(3)記載の債権に関する部分を取り消す。抗告人の申立てにより原決定別紙担保権・被担保債権・請求債権目録2の(1)及び(3)記載の債権の弁済に充てるため、同目録記載の抵当権に基づき、原決定別紙物件目録記載の不動産について、担保権の実行としての競売手続を開始し、抗告人のためにこれを差し押える。」との裁判を求めるというものであり、その理由は別紙「抗告理由書」記載のとおりである。

二  当裁判所の判断

1  本件記録によれば、抗告人は、平成三年五月一日原裁判所に対し、原決定別紙担保権・被担保債権・請求債権目録記載の債権の弁済に充てるため、同目録記載の抵当権の記載のある抵当証券を提出し、抵当証券上の弁済期が未到来の債権については、抵当証券上に記載の失権約款により期限の利益を喪失したと主張して、原決定別紙物件目録記載の不動産について、競売の申立てをしたことが認められるところ、原審は、同月一七日にすでに抵当証券上の記載により弁済期が到来していることが明らかな原決定別紙担保権・被担保債権・請求債権目録2の(2)記載の債権(利息債権)については競売手続を開始したが、その余の債権(元本および遅延損害金債権)については、抵当証券に記載された弁済期が未到来であり、かつ期限の利益の喪失に関し金銭消費貸借及び抵当権設定契約上の失権約款に関する条項を引用するに止まる抵当証券上の記載には抵当証券法二六条ただし書に定める特約の記載としての効力を認めることはできないとして、弁済期の未到来を理由に競売の申立てを却下したものである。

2  しかしながら、原審の右判断のうち、弁済期の未到来を理由に競売の申立てを却下した部分は相当でない。その理由は次のとおりである。

(一)  本件競売申立てにおいて抗告人は、抵当証券上の記載自体によっては弁済期が到来していないこととなる債権の部分については、抵当証券上の記載に引用された失権約款により弁済期が到来していることを主張している。抵当権を実行するためには、もとより実体法上の要件として、抵当権と被担保債権が存在し、かつ被担保債権の弁済期が到来していることが必要である。しかしながら、民事執行法は担保権の実行としての競売申立ての要件としては、担保権の存在を証する法定文書を提出しなければならないとしているが(一八一条)、競売申立時の被担保債権の額や弁済期の到来していることの主張や証明については特別の規定を設けていない。そして、法定文書として登記簿謄本が提出される場合(いちばんありふれたケースである。)を考えてみると、被担保債権の弁済期は登記事項ではないから、登記簿謄本には弁済期は記載されていないし、根抵当権の場合は登記簿謄本によっては残存する被担保債権額さえ判らないのである。それでも担保権の実行としての競売申立ての要件として民事執行法の求める要件を満たしていることを考慮すれば、競売申立ての要件として、抵当権の存在については法定文書によって証明することを要し、それ以外の方法による証明は許されない反面、その他の要件は特段の事情がない限り証明を要しないか、少なくとも法定文書以外の文書による証明が許され(抵当権者である競売申立人において証明すべき事項の範囲は一般の証明責任の分配と同じである。)、さらに担保権の存否を含めてその実行のための要件の存否は債務者や所有者の側からの執行異議の申立ての方法により争うことができるものとされていると解するのが相当である(一八二条)。したがって、被担保債権の弁済期の到来が疑われるような場合には、執行裁判所は法定文書以外の文書による申立人の証明を許すべきであり、それでもなお弁済期の到来が証明されない場合を除いては、弁済期の未到来を理由に競売申立てを却下することはできないというべきである。本件においては、法定文書たる抵当証券上には失権約款の具体的な記載はなく、他の文書の記載を引用する記載に止まるとはいえ、抵当証券発行の基本となった契約に失権約款があることを窺わせるに足る記載が存在するのであるから、右弁済期の到来についての立証の補充を許さずに、弁済期の未到来が明らかであるとすることはできないというべきである。

(二)  原決定は、抵当証券法二六条を根拠に、抵当証券に失権条項の具体的記載を含む弁済期の記載がない以上、抵当証券の文言性からして弁済期の定めについてその余の文書による補充はそもそも許されないのであるから、立証の補充の問題ではないとする。つまり、原決定は、抵当証券法は、抵当証券の有価証券性を規定するだけではなく、原因契約上の抵当権とは切り離され、抽象化された権利を創設することを定め、こうして創設された権利の内容はすべて抵当証券上に表象(化体)された記載文言により一義的に定められるのであって、原因契約上の抵当権とは完全に切り離されるものであることを定めるものと解し、したがって他の契約文書を引用する形式の失権約款条項の記載は、抵当証券の文言性に反し、記載なきものと解すべきであるとするようである。しかしながら、抵当証券法二六条は、特約を抵当証券上に記載しないときはその特約は第三者に対しては効力を生じないか又は特約をもって第三者に対抗できない旨を定めたに止まるものと解すべきであり、それ以上に権利関係が証券上の記載によりすべて定まる旨までを規定したものと解するのは相当でない。抵当証券は、手形のような無因証券ではなく、抵当権設定者と抵当権者間に合意された権利を表象するものであり、原因関係が証券に記載されている有因証券であると解されるからである。転々流通する証券としての性質上、権利関係についても証券上の記載のみに基づき明確になることが望ましいことは勿論であるが、右二六条の規定から直ちに抵当証券の無因性を導き出そうとする原決定の論理には無理がある。少なくとも原始当事者間においてまで無因性を貫く必要はないというべきである。

(三)  民事執行法一八一条二項は、抵当証券の所持人が競売申立てをする場合には抵当証券を提出しなければならない旨規定しているが、これは抵当証券が発行されている場合には抵当権及び被担保債権の処分は抵当証券をもってするのでなければこれをすることができないと規定されていること(抵当証券法一四条)に対応して、抵当権を行使する方法として抵当証券を右競売申立てと同時に提出させることにより、権利の行使者と証券の所持者とが一致していることを明確にすることによって競売手続を安定させることを図ったものにすぎない。手続規定たる右一八一条二項が、抵当証券の本質を規定したものと解することはできないのはいうまでもない。

以上によれば、原決定のうち、抵当証券上に弁済期についての記載がないとして、法定文書以外の文書による弁済期の到来の証明の有無について判断することなく競売申立を却下した部分については、法律の解釈を誤り、審理を尽くさなかった違法があるといわなければならない。

三  以上のとおりであるから、原決定中、原決定別紙担保権・被担保債権・請求債権目録2の(1)及び(3)記載の債権に関する部分を取り消し、右取消にかかる部分についての競売申立についてなお審理を尽くすため、この部分を東京地方裁判所に差し戻すこととし、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 上谷清 裁判官 滿田明彦 亀川清長)

〈以下省略〉

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